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高架下地と借地権

たま~に高架下地の鑑定を依頼されることがあります。高架下地というのは、地上から高く支台を架設し、その上に敷設した鉄道または高架道路の直下の土地のことをいいます。

高架下地の評価を行なう局面としては、当該土地を第三者に貸し付けることに伴い、建物が高さ・配置などの利用制限を受けること、騒音・振動による快適性の低下、日照・採光あるいは通風・換気の障害による環境的影響を受けることなどを考慮した元本価値を求めるケースなど、依頼目的としては、賃料を求めるケース、借地権価格を求めるケースなどがあります。

ここで話の対象としますのは借地権価格を求めるケースです。その中でも鉄道高架下地の話です。また、論点が明確になりますので、私鉄の場合ではなくJRの場合です。

そこで、どのような方法で価格を求めるのかの前に、そもそも論として問題になるのが「鉄道高架下地の貸借関係について、旧借地法あるいは借地借家法(以下「借地借家法等」といいます。)の適用があるか否か」ということです。

この点について、下級審の判例はいくつかありますが、最高裁の判断が示されたことは実はまだないのです(だいたいが高裁で和解しているのだと思います)。

鉄道高架下地が貸借されているケースは、全国的にも結構な数になると思います。今年の7月15日に家賃・更新料についての最高裁の初めての判断が示されました。その影響がかなり広範囲に及びますので注目しておりましたが、結果的に取引慣行にも配慮された妥当な判断でした。鉄道高架下地の貸借もその影響がかなりの広がりをもつ可能性があるだけに注目はしているのですが、まだそこまでいきそうな事案は見当たらないようです。

本件の話の対象については下記の時代区分をする必要があると思います。

①旧国鉄時代に日本国有鉄道法により国有財産のうち行政財産に「準じた」扱いがなされていた時代の話(昭和25年4月以降、国鉄には国有財産法が適用されないことになっていましたので、上記以降の法律関係に適用される法規は、公法法規ではなく、私法法規と解されておりましたが、国有鉄道の行政財産たる企業用財産として、国有財産法上の行政財産に「準じた」扱いがなされていた。基本的には、旧借地法の適用はないという扱いがなされていた〔反対説もあるにはありましたが〕。)

②旧国鉄時代からの契約がそのまま自動更新されて、昭和62年4月1日に旧国鉄から移行した特殊法人の日本国有鉄道清算事業団の財産として引き継がれたものの話

③旧国鉄が民営化(昭和62年4月1日)されて以降も、旧国鉄時代からの契約がそのまま自動更新されて、鉄道営業向けの事業用財産を承継したJR各社との間で、特に再契約などを経由せず、貸借関係が継続したままとなっているもの(短期契約が繰り返し更新されてきたものが多い)

④基本的な時代区分は後記⑤と同様であるが、敷地上の建築物が、明らかに一時使用と呼べるようなものあるいは建物というより工作物に類似するものである場合

⑤旧国鉄が民営化(昭和62年4月1日)されて以降に、鉄道営業向けの事業用財産を承継したJR各社との間で締結された土地の貸借の話(従前より貸借していたが、民間会社同士で一般的な建物所有目的の土地の賃貸借契約〔堅固建物所有目的で期間も30年など長期〕を新たに締結し直した場合)

下級審の判例は、見渡した限りでは上記①乃至③に該当するもののようです。④については、借地借家法等の適用なしということで特段問題はないと思います。

①乃至③について、判例の傾向としては、「借地借家法等の適用がない」とするものが多いようです(いくつか「適用がある」としたものもあるにはありますが)。

問題は⑤の場合です。個人的には、この場合は「借地借家法等の適用がある」とすべきだと解します。もちろん、建物が高さ・配置などの利用制限を受けること、騒音・振動による快適性の低下、日照・採光あるいは通風・換気の障害による環境的影響を受けることなどを考慮した元本価値を前提とする借地権ですので、通常の借地権よりもそれ相応に減価された元本価値に即応した借地権ということにはなりますが。

JR各社も、駅中などを有効活用してその成果が話題となっている現在では、さすがに⑤のような契約は締結しないと思われますが、⑤のような契約も現存しているのではないかと思います。

上記②のケースではありますが、「借地法の適用がない」とされた判例(東京地裁H7.7.26判決)では、以下のような判断が示されました(判例タイムズ№945〔1997.9.25〕)。

・本件使用承認に基づく本件高架下の貸借関係は、貸借の対象が土地ではなく、地表を含む空間(地中は含まない。)であり、また、

・鉄道高架線を支えるために設けられた支柱(橋脚)と基礎部分(地表)とから生じた空間を利用して便宜重複的かつ副次的に本来の目的を妨げない範囲で

・他人に簡易な建物に類する工作物の所有を許すものであり、

・主たる目的が建物所有ではないから、借地法の適用はなく、民法が適用されるべきであり、

・本件使用承認に基づく合意の性質は、私法上の無名契約である、

と判示し、

・本件貸付規則(旧国鉄が定めた土地建物貸付規則)に基づく使用承認は、国鉄が右規則に従った内部意思に基づき相手方当事者との合意により行う特約という性質を有するもので、

・特段の事情のない限り民法の貸借関係規定と異なる内容を特約(合意)したものとして有効であり、

・したがって、期間を3年とした合意及び国鉄の都合による使用承認の取消しを定めた特約は有効であるから、本件高架下の使用承認は本件承認取消しにより終了した、

と判示しました。

民法解釈上、地下又は空中の地上権についても借地法が適用されると解されており、地下又は空中の賃借権も、登記はできませんが、有効と解されております。

また、判例(最判昭42.12.5)では、借地法1条の「建物ノ所有ヲ目的トスル」とは、借地使用の主たる目的が、借地上に建物を築造し、これを所有する場合を指し、借地上に建物を築造し、所有する場合であっても、それが借地使用の主たる目的ではなく、その従たる目的に過ぎないときは、これに該当しないと解するのが相当、とされています。

東京地裁H7.7.26の判例では、使用承認の対象は、土地ではなく、「鉄道高架下の空間」であり、使用承認の「主たる目的は建物所有ではない」と判断されたわけです。

確かに、前記①乃至③のケースでは、国有鉄道の行政財産たる企業用財産として、国有財産法上の行政財産の扱いに準じて、私法法規関係ではあっても、借地借家法等の適用がないという解釈も、必ずしも不当ではないと思います。

また、一時使用や、建物所有が主たる目的とはいえないというようなケースもあるとは思います。

だからといって、前記⑤のケースをこれらと同一に扱うべきとする解釈は妥当だとは思えません。借地借家法等の適用があると解釈すべきケースも存在すると考えます。契約は自由ですし、「空間の貸借」などではなく、「空間的利用制約がある中での建物所有目的の土地の賃貸借」というものがあってもいいはずですし、これを排除しなければならない理由は何らありません。具体的事案に応じて、契約内容、期間、地代、建物の規模(借地部分に対して相応の規模)、構造、借地人の(空間的利用制約の範囲内での)借地部分に対する排他的独立性等々を総合的に勘案し、借地借家法等の適用の有無を判断すべきものと考えます。

近年、鉄道高架橋鉄道施設の耐震補強工事実施に伴う鉄道高架下の土地賃借人に対する建物収去土地明渡請求事件が増加する傾向にあります。震災の影響もあり、今後さらにこのような事件が多くなる可能性もあると思います。

借地権の価格は、一面で土地を長期間占有し、独占的に使用収益し得る安定的利益を背景とした経済的利益を反映しております。最低存続期間の保証、法定更新制度、正当事由制度による保護、譲渡等による代諾許可制度等、借地権の強化、安定化が図られております。これが市場流通性を高め、有効需要の存在により経済価値を生じさせる面があるわけです。

したがいまして、借地借家法等の適用の有無は建物所有目的の土地の賃借権の経済価値判断に大きく影響してしまう大変重要な事項なのです。

鉄道高架下地の貸借に借地借家法等の適用がないのであれば、そもそも鉄道高架下の借地権価格の評価もあり得ないということになります。

確かに鉄道交通は公共性のある事業ではありますが、当該事業の障害とならない範囲内での借地権の設定は、当事者の自由であり、これを排除する方向の意思解釈の流れは、必ずしも妥当ではないと考えます。

具体的な評価手法にまでは言及できませんでしたが、気になる論点でしたので書いてみました。

では(^E^)
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借家の立退料とは?

立退料の鑑定の際、そもそも立退料って何だ?と思い、調べたことを書いてみた。

借地借家法(28条)は、建物の賃貸人による建物賃貸借契約の更新拒絶乃至解約申入れの要件として「正当事由」を要求するが、その正当事由の有無の判断については、①建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、②建物の賃貸借に関する従前の経緯、③建物の利用状況及び建物の現況、④建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出、を考慮すべきものと規定している。

上記④の財産上の給付の申出が、いわゆる立退料の提供だ。

一般的に、正当事由の有無の判断要素としては、上記①は主たる要素、上記②乃至④は従たる要素であり、両者間には軽重の差があると解されている。さらに、従たる要素である②乃至④のうち、④の立退料の提供は補完的要素と解されている。

したがって、立退料の提供のみで正当事由が具備されるというものではなく、また、立退料の提供がないからといって正当事由が具備されないわけではない。他の判断要素が当事者間の客観的事実乃至事情であるのに対し、立退料は経済的観点からの利害調整要素である点が特異といえる。

立退料そのものについて論じた学説は極めて少ない。法的な権利というわけではなく、正当事由の有無を判断する場合の補完的、かつ、経済的観点からの利害調整要素であり、その有無よりもその金額の多寡が判断の対象となるので、その性質・本質を論じる実益がそれほどないということだろうか?

数少ない学説のうち、鈴木禄弥教授によるものを紹介する。

(鈴木禄弥著「借地・借家法の研究Ⅱ」創文社・昭59、但し論文自体は昭32のもの。Ⅰ巻所収の「借地・借家法史」なども、前史である江戸時代の話も詳しく載っていて結構おもしろい!ちょっと前に古本屋で見つけた。昔、同教授の「民法講義シリーズ」で勉強していたので大変懐かしい感じだ。)

同教授の私見によれば、巷間にいわゆる立退料のうちには、①明渡しを実行するために利用者が直接に支払わねばならぬ費用、すなわち、移転費用の補償の意味のもの、②明渡しのために利用者が事実上失う利益の補償の意味のもの、③明渡しによって消滅する利用権の補償の意味のもの、の三者に分けられる、という。

①移転費用の補償としての立退料

利用者が明渡しを余儀なくされ、その結果現実に引越すために要する費用は、民法の原則からいえば、利用者自身の負担すべきもので、法律が一定の要件のもとに利用関係を有効に終了させる権限を所有者に認めている以上、所有者が明渡しを請求するのは、契約不履行でも不法行為でもなく、したがって、かれにはなんら損害賠償の義務はない、という。

しかし、土地乃至建物の利用関係は、常態においては事実上永く存続するものと意識され、とくに自己の責に帰すべき理由なくして明渡しを余儀なくされた利用者に移転費用をも負担せしめることはかならずしも衡平でない、という。

いわば立退料の最小限のものであり、借家における明渡請求をめぐる紛争の解決と当事者間の衡平とのためには、少なくとも、この種の立退料制度が問題とされねばならない、という。

②明渡しのために利用者が事実上失う利益の補償としての立退料

明渡しによって、利用者は、諸種の利益を喪失する。とくに、借家の場合には、引越しの結果、あらたな住居が広さ・間取・設備等で旧住居に劣り、または、旧住居より通勤・通学について不便となることがある。さらに、従来借家上で営業が営まれていた場合には、その明渡しによって受ける営業上の損失が多大であることも少なくない(とくに小売商の場合)。これらの場合にも、民法の原則的立場からは所有者の補償義務が発生しないことはもちろんであるが、衡平の見地から、損害の全部または一部を所有者に負担せしめるという立法論も、考えられる、という。

また、立法論としては、と前置しつつ、以下のように述べられる。

住宅明渡しによって借家人のこうむる損失一般は、これを算定することがきわめて困難であり、これを独立の補償の対象とすることは、不可能である。明渡しによって喪失される諸利益は、むしろ、その基礎である利用権そのものに内在するのであるから、かかる諸利益は、これを独立の保護の対象とせずとも、賃借権であるにせよまた物権的借家権が認められるにせよ、その基礎にある利用権自体を保護することで充分であり、もし、この利用権が消滅するときは、これにともなって諸利益が失われることは、むしろ当然と考えるべきであろう、という。

これに反して、建物を営業のために利用する場合においては、この利用権の基礎の上に営業上の各種の利益が形成され、これが、単に利用権の附随的なものとしての枠を超えて、(この利用権をも包含した)ある程度独立の財産的価値としての存在となる。したがって、明渡しによるかかる利益の喪失に対する補償を認めることは、妥当といえよう、という。

③明渡しによって消滅する利用権の補償としての立退料

この種の立退料は、利用権が、本来なお一定期間存続すべきなのに、不時に消滅させられた場合に問題となる。

土地・建物の利用権は、それが物権的なものであるにせよ、また、債権的なものであるにせよ、一つの財産権であり、これが不時に消滅することが、利用者にとっての一つの損失であることは、否定できない、としつつも、以下のように述べられる。

等しく財産権といっても、それが客観的な交換価値のある財産権として扱われるか否かは、社会の実状によって決せられるところであるとともに、法がその権利の存続を保障しかつその譲渡を可能ならしめているか否か、にかかっている。

基本的にいえば、借地においては、借地人の権利を客観的な価値ある財産権として保護し、借家においては、居住という事実を生存権的に保護することが、妥当であろう、という。

旧借家法の社会政策的法律という側面を強調し、家主の承諾なしには譲渡転貸できないことなどから、交換価値を根拠とする財産権は認められない、という主張であろうか。

このあたりの借家についての議論は、鈴木禄弥教授独特のいわゆる「居住権論」と整合しているものかもしれない(これだけで1冊の本になっている。借家法に関する諸問題について、純粋な市民法的原理とは異なる基礎理論に基づき妥当な解決を図ろうとしたもの。その核心にある”居住権”の概念について、法的構成を明らかにし、市民法的原理では割り切れない諸問題を処理し、一貫した基礎づけを与えようとした。)。民法の重要論点のひとつに「借家権の相続、内縁の妻の居住利益の保護」というのがあるが、昔も、この部分についての同教授の「居住権論」には、どうもちょっとしっくりしないものを感じていた記憶がある。

確かに居住用借家については極めて鋭い議論だと思う。ただ、営業用借家の場合はどうなのであろうか。市民法的原理で処理すれば足りるということだろうか。わが国の借地借家法(旧借家法も)は、利用の目的を居住用か営業用かで扱いを異にしていない(立法当時は念頭になかったかもしれないが、文理上は同じ扱いになる。)。営業用借家については、社会法的原理で保護する余地はまったくないのであろうか。上記②にも関連するが、不当利得返還の考え方で処理は可能ではあるが、借地借家法(旧借家法も)の解釈の枠組みのなかでの処理はできないものかな~、と思うことがある。交換価値(市場価値)はなくても、財産的価値(利用権的価値)はあると思うのだが・・・。

上記③の見解に対しては、星野英一教授からの以下のような批判がある(星野英一著「借地・借家法 法律学全集26」有斐閣、昭44)。

上記③につき、「利用権」の補償といっても、要するに具体的な利用権能の喪失から生ずる損害の填補が問題であり、その限りで借地借家を分けるのは適当でなく、上記②も、本来予定された期間前の終了の場合に問題となるから、②③は一括して扱うべきでないかと思われる。また、「利用権」が財産権か否かといった議論は益がなく、これを予見される期間前に失うことによって被る損失の填補と考える方がよく、この抽象的理由から借家について全く否定するのは妥当でない、という。

上記③については、星野英一教授の見解に同意したい。

かつての民法学者の二大巨頭の議論に久々にふれた感じが懐かしかった。でも、「借地権」については、この数十年間で、議論がかなり深まってますが、「借家権」(あるいはより広い概念である「立退料」)については、特にその性質・本質についての議論はあまりなされてこなかった印象を受けるのは私だけでしょうか?

では、また(^E^)

立退料と借家権価格

立退料と借家権価格について気になったことがあったので書いてみた。

最近、立退料の評価依頼を受けた。訴訟で争われている案件だ。

不動産の賃貸借契約の終了に際し、賃貸人から賃借人に対して金銭給付がなされることがあるが、そうした金銭給付を総称して立退料(広義)と呼んでいる。

一方、借家権価格は、旧借家法又は借地借家法の適用のある建物の賃貸借において、借家人の権利義務からなるいわゆる借家権の経済価値をいうもので、①旧借家法又は借地借家法により保護されていることにより生ずる法的保護利益、②建物の維持、地域の発展、元本価値の上昇等に対する借家人の寄与・貢献分の配分利益からなる借家人に帰属すべき経済的利益を貨幣額をもって表示したものだ。

借家権価格は立退料の一要素ではあるがそのすべてではない。立退料は、借家権価格を含む広い概念だ。

<立退料の構成要素>

借家の場合の立退料を構成する要素としては、主として下記のようなものがある。

①借家権価格
立退料の主たる構成要素のひとつであり、不動産鑑定評価の範疇に含まれるものである。

②家賃差額等の補償
不動産鑑定評価の範疇に含まれるものであり、当該補償額相当は、借家権価格にほぼ含まれると考えられる。借家権の鑑定評価手法のひとつ「賃料差額等に基づく価額」で考慮されることになる。

③移転実費
借家人の有する利用権の補償という本質論からいえば理論的には関係ない実費に相当するものであるが、借家権の鑑定評価手法のひとつ「賃料差額等に基づく価額」の中で考慮することが多いのではないかと思われる。

④造作買取り・費用償還額の補償
不動産鑑定評価の範疇に含まれる場合も含まれない場合もある。店舗の賃貸借においては、いわゆるのれん・老舗や営業上の利益など一種の場所的利益又は無形造作が有形造作に付着・化体して取引の対象とされることがある。但し、実際上は、借家権価格あるいは営業権価額に含まれているのが現状と考えられる。

⑤営業権価額の補償
不動産鑑定評価の範疇に含まれる場合も含まれない場合もある。営業権とは、のれん、老舗、無体財産権、その他営業上の諸権利並びに営業によって発生する事実上の諸利益に対する総称で、土地・建物等の営業用資産とは独立して、客観的にその経済価値を把握することのできるものである。
営業権価額は、建物及びその敷地から生じ、かつ、これらの価格の一部を占める借家権価格とは、その発生する根拠が異なるものの、特定の場所において営業を営むことにより、超過収益が発生する場合に、いわゆる場所的利益に依存し、また、これに少なからず影響を及ぼしていることは否定できず、他方、この場所的利益は、借家権価格の要素をなしているものでもある。
結局のところ、借家人が特定の場所で長期間営業を営み、超過収益をあげている場合に、そのうちどこまでが営業権価額をなし、どこから借家権価格の内容をなすかの区別は困難な場合が少なくない。
ただ、長期間特定の場所で営業を継続してきたこと並びに事業者の地域発展への寄与・貢献等によって徐々に形成されてきた当該地域及び顧客との密接な関連を前提に成立する超過収益が営業権としての経済価値を生じるわけであるから、すべてではないが少なくともその一部は借家権の鑑定評価手法のひとつ「控除方式による価格」で考慮されることになると考えられる。

⑥開発利益の配分
不動産鑑定評価の範疇に含まれる場合も含まれない場合もあるが、当該配分額相当の一部は、借家権価格に含まれると考えられる。借家権の鑑定評価手法のひとつ「控除方式による価格」でその一部が考慮されることになる。
開発目的に不動産を取得した者が、借家人に不随意の立退きを請求する場合、借家人は借家権の存続保障を主たる根拠とする法的保護利益が毀損されることになる。借家人を立退かせ、開発を行うことによる価値の増分は、一面、長期間借家人が地域の発展に寄与・貢献してきたが故に生じる利益ともいえる。この価値増分は、本来的には対象不動産の所有者に帰属するものといえるが、賃貸期間中は潜在化しており、借家人の立退き、すなわち、借家人の有する法的保護利益の毀損によってはじめて顕在化するものである。とすると、当該価値増分の一部を借家権者に配分することによって権利補償に充てることには合理性が認められる。一方が利得し、他方が損失を受けるわけであるから、公平の観点からも妥当といえる。

⑦営業休止又は廃止の補償
不動産鑑定評価の範疇からははずれる。当該補償額相当は、借家人の有する権利消失に対する補償ではなく、当該権利消失によって付帯的に生じる損失のうち、通常予想される範囲内(相当因果関係のある範囲内)の損失相当を補償するものである。したがって、当該補償相当額は鑑定評価額に含めるべきではなく、その算定は、コンサルティング業務のひとつとして行うべきものといえる。

⑧生活上の利益等の補償
不動産鑑定評価の範疇からははずれる。財産補償のみではカバーできない従前の生活状態乃至程度を復元するための補償であり、当該補償相当額は鑑定評価額に含めるべきではなく、その算定は、コンサルティング業務のひとつとして行うべきものといえる。

⑨精神的損失の補償
不動産鑑定評価の範疇からははずれる。財産的損失に対する補償ではなく、主観的損失に対する補償である。賃貸借期間が長ければ長いほど、地縁的・社会的あるいは経済的な結びつきは深くなり、借家人にとってのひとつの地域社会が形成されていくのが通常であろうから、これらの地縁的・社会的あるいは経済的な結びつきから隔絶されることは、非常に大きな心理的・精神的苦痛があると考えられる。従来、この面の考慮はほとんど論じられていないものの、事案によっては何らかの補償がなされて然るべきである。ただ、法的判断に属する分野であり、不動産鑑定業務の範疇からは完全にはずれる。

<借家権価格の評価手法>

不動産鑑定評価基準は、借家権の評価手法を2つの場合に分けて規定している。

①不随意の立退きがある場合の借家権価格(立退料の算定を求められる場合は、その一要素として、この借家権価格を求めることになる)

a.賃料差額等に基づく価額
対象建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額に賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加えた額を求める手法である。

b.控除方式による価格
自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って価格を求める手法である。

上記「a.賃料差額等に基づく価額」と「b.控除方式による価格」を関連づけて鑑定評価額を決定するものとされている。

②借家権の取引慣行がある場合の借家権価格(借家権の取引慣行が認められる地域は極めて限定されるため、この借家権価格を求めることはほとんどない)

a.比準価格
当事者の個別的事情を考慮して求めた比準価格を、類似性のある借家権の取引事例に比準して求める手法である。

b.控除方式による価格
自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って価格を求める手法である。

c.割合方式による価格
取引慣行が認められ、借家権割合が求められる場合、借家権割合により求めた価格である。
但し、計算構造とその論理構造が単純でわかりやすく、一般でも借家権価格の「概算額の算定」に利用されることが多いので、「①不随意の立退きがある場合」でも、「参考価格」などとして求めることは多い。

上記「a.比準価格」を標準とし、「b.控除方式による価格」と「c.割合方式による価格」を比較考量して鑑定評価額を決定するものとされている。

<「b.控除方式による価格」>

「①不随意の立退きがある場合」でよく見受けられるのが、「割合方式による価格」と「賃料差額等に基づく価額」を関連づけて借家権価格を求めるというやり方だ。これをやる鑑定士をときどき見受ける。今回依頼を受けた案件の相手方鑑定士もこのやり方を採用していた。

なぜ、「控除方式による価格」を求めないないのか理解に苦しむ。不動産鑑定評価基準において、「①不随意の立退きがある場合」と「②借家権の取引慣行がある場合」のいずれのケースにおいても採用すべき手法となっているわけであるから、どのような理由があれ、まずは求めて、説得力が認められないのであれば、試算価格の調整で対応すればいいのだから。

立退きのケースでは、貸家及びその敷地の所有者が借家権を取得する(借家権消失の対価)と考えるから、限定価格といい得るのであり、現況貸家及びその敷地であるのに、自用の建物及びその敷地の価格を算定するのは、借家権など私法上の権利による制約がなく、その建物と敷地は、直ちに需要者の用に供し得るもので、空家又は即時明渡し可能を前提とするものであり、既存建物を取壊すことにも何らの制約を受けないものであるからなのである。借家権など私法上の権利による制約の有無が元本価値に影響することがあるから、両者の価格を求める意味があるのである。

借家期間が長期に及べば、どうしても賃料の遅行性・下方粘着性などから、現行継続賃料と新規正常賃料の間に乖離が生じてしまう。元本価値の変動が新規正常賃料の方にはより反映され、自用の建物及びその敷地の価格が、私法上の権利による制約がない分、貸家及びその敷地の価格を上回る場合が生じる。

そもそも立退きということが問題になること自体、自用の建物及びその敷地の価格が貸家及びその敷地の価格を上回っている可能性は高いといえる。

ただ、元本価値の変動をすべて貸主に帰属させてしまってよいのか、公平乃至衡平の観点からまずいのではないか、何らかの調整が必要なのではないかとういう点に配慮できるからこそこの手法の存在意義があるのではないだろうか。

自用の建物及びその敷地の収益価格は、価格時点の新規正常賃料で求めるのであり、仮に更地としての価格から既存建物取壊し費用を控除した価額の方が高位であれば当該価額になる。これは、価格時点の元本価値を反映したものになるであろう。一方、貸家及びその敷地の収益価格は、現行の継続賃料で求めるのであり、現行の継続賃料が新規正常賃料に比し低位であれば、貸家及びその敷地の価格は自用の建物及びその敷地の価格に比し低位になる。

そして、両者の差額は、借家権等が存在する故のものであり、借家権の存続保障を主たる根拠とする法的保護利益及び借家人に帰属すべき経済的利益が、賃貸人による不随意の立退き請求により毀損されることとなるため、当該権利の消失対価的側面を有しているのである。これは、賃貸期間中は潜在化しているが、借家権者の立退きによってはじめて顕在化することとなる保有利益といえるものであるので、その一部を借家権者に配分することによってこの対価に充てるものともいえる。

配分に際しては、当該保有利益の発生が、「賃借人の寄与・貢献によるか」、それとも「賃貸人側の努力等に起因するか」、あるいは「いずれの側にも保有利益発生の原因が存しないか」などの観点より、個別具体的に判断されることになる。

「控除方式による価格」は、まさに当事者間の利害を調整するのに極めて適した手法であるといえるのではないだろうか。

<c.割合方式による価格>

また、立退きが問題になるケースは借家権の取引慣行が認められないのだから、本来的には「割合方式による価格」は求められないはずである。ただ、相続税評価における国税局財産評価基準書の借家権割合と借地権割合を使用すれば、一応求めることはできる。借家権価格の「概算額の算定」であればかまわないと思うが、試算価格に位置づけるのはいかがかと思う。

国税局財産評価基準書における借家権割合は相続税額算出のため一律に設定されたものであり、各借家契約の個別性を反映したものとはいえず、また、そもそも借家権そのものの課税評価額を算出するためのものではなく、賃貸に供されている不動産の課税評価額を求めるために設定されているものであることなど、必ずしも規範性のある数値とはいい難く、何らかの実証の裏付けがあるものでもない。借家権は個別性が極めて強く、特に立退きのケースでは必ずしも当該割合が基準とされているとはいえない。

また、借地権割合も相続税額算出のため路線によって一律に設定されたものであり、各土地及び借地とした場合の個別性を十分に反映しているとはいえない面がある。本来、堅固建物目的の場合と非堅固建物目的の場合では借地権の価値は異なる(後者の方が低位となる)はずであるが、財産評価基準書ではこの点は考慮されておらず、建物の構造に関係なく一律に設定されているため、実態とはやや異なる面があることは否定できない。

したがって、あくまで「参考価格」にとどめるべきものと思う。

<a.賃料差額等に基づく価額>

一方、問題は「賃料差額等に基づく価額」だ。現行不動産鑑定評価基準に規定された「賃料差額等に基づく価額」は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(以下単に「損失補償基準」という。)及び「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」(以下単に「損失補償基準細則」という。)に極めて計算構造の類似する方式である(現行不動産鑑定評価基準が補償の原理を取り入れたともいえる)。

そのため、「損失補償基準細則」に定められた数値をそのまま適用して「賃料差額等に基づく価額」としている鑑定書も意外と多い。

また、「賃料差額等に基づく価額」に似ているものとして、従前、「差額賃料還元方式」というのがあった(この手法を採用している鑑定書もときどき見受ける)。

対象借家権に係る不動産の正常実質賃料相当額から実際支払賃料を控除した額を資本還元して収益価格を求める手法だ。

昭和44年に改正された不動産鑑定評価基準には規定されていたが、平成2年に改正された不動産鑑定評価基準からははずされた手法である。

資本還元の方法としては、原則的には有期還元であるが、場合によって無期(永久)還元する場合もある。正常実質賃料相当額は、「対象建物及びその敷地」の経済価値に即応した適正な賃料であり、自由な賃貸市場において成立するであろう当該建物及びその敷地の経済価値に即応した適正な実質賃料相当額である。

資本還元の方法で有期還元する場合には、「賃料差額等に基づく価額」に計算構造が類似するが、「差額賃料還元方式」では、「対象建物及びその敷地」そのものの正常実質賃料相当額と実際支払賃料との差額をベースにするのに対し、現行基準の「賃料差額等に基づく価額」では、対象建物及びその敷地と「同程度の代替建物等」の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額をベースにする点が主として異なる。現行基準の「賃料差額等に基づく価額」は、移転することを想定して、補償の原理を取り入れたものと考えられよう。

ただ、、「差額賃料還元方式」は、現行不動産鑑定評価基準からははずされた手法である以上、求めるとしても参考価格にとどめるべきであろう。

話を戻すと、「賃料差額等に基づく価額」を求める場合に留意すべきは、当該手法と「損失補償基準」及び「同細則」に定められた手法ではその本質が異なるということだ。

①不動産鑑定評価基準は、借家権という旧借家法又は借地借家法が適用される建物の賃借権の権利価格を求める前提で定められているのであり、借家権価格は、旧借家法又は借地借家法の適用のある建物の賃貸借において、借家人の権利義務からなるいわゆる借家権の経済価値をいうもので、旧借家法又は借地借家法により保護されていることにより生ずる法的保護利益、建物の維持、地域の発展、元本価値の上昇等に対する借家人の寄与・貢献分の配分利益からなる借家人に帰属すべき経済的利益を貨幣額をもって表示したものなのである。
したがって、借家権価格は、借家権という権利の消失対価と位置づけられるものである。
また、民間当事者同士、かつ、非公共事業目的のケースでは、借家人に不随意の立退きを強いる公共的な原因があるわけではないので、「損失補償基準」等を準用しなければならない理由はない。

②一方、「損失補償基準」及び「損失補償基準細則」における借家人補償は、公共事業目的に、起業者が「土地等の取得又は土地等の使用」をする場合の「通常生ずる損失の補償」のうち、「移転料等」のひとつとして、「借家人に対する補償」を算定するためのものなのである。
それは、借家権という権利の消失対価を意味するものではなく、「借家人に対する移転補償」と位置づけられるものである。
上記①とは異なり、その前提には、必ず公共事業があるのであり、借家人の生活あるいは営業再建までの期間の補償という性格を有しているものなのである。したがって、将来にわたる借家人の既得権のすべてを補償するという性格のものではない。

両者で最も価格に影響の出る部分が、「賃料差額の一定期間に相当する額」を求める際の「一定期間」をどう判断するかである。「賃料差額等に基づく価額」を求める場合、この点にこそ不動産鑑定士の存在意義があるとすらいえる。「賃料差額等に基づく価額」を、借家権という権利の消失対価ではなく、すべてが「借家人に対する移転補償」とみなし、「損失補償基準」及び「損失補償基準細則」に準じて求めるのであれば、何も不動産鑑定士でなくとも妥当な移転補償額は算定できる。公共事業の起業者によって補償額に不均衡が生じないように定められた全国的に統一的な基準なのだから当然といえば当然であろう。

「損失補償基準細則」第18では、「標準家賃」と「現在家賃」の差額の補償年数を下記の区別による範囲内で定めるものとされている。但し、下記により難い特段の事情があると認められるときは、各区分の補償年数を1年の範囲内で補正することができるとされている。
(従前の建物との家賃差)(原則的補償年数)
3倍超 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4年
2倍超3倍以下 ・・・・・・・・・・・・ 3年
2倍以下 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2年

これをそのまま適用する鑑定士がいるのには驚かされる\(◎o◎)/!

両者の本質的な違いを無視して、「お上」の決めたことだから妥当なのだ!という態度で・・・・。

ただ「お上」も権利の消失対価と考えて定めているわけではないので、曲解?している方が問題なのだが・・・・。

それとも、不動産鑑定評価基準に規定された評価手法の方を、「借家人の移転補償そのもの」を定めたものと思っているのだろうか?

当職も、例えば、経過した借家期間が5年程度の借家人のケースであれば、場合によっては、公共事業目的における借家人の移転補償と同等な2年程度でも、「結果としては」よいこともあり得るとは思う。

しかしながら、例えば、建物の新築当初より賃貸借を30年以上も継続して現在に至っている借家人の場合で、当該店舗がテナントの入替わりの激しい商店街にあって、看板を守ってきた老舗店舗のひとつだとしたらどうだろうか。

このような場合にまで、「損失補償基準細則」に従って、2年~4年(最長で5年)ということでいいものだろうか。これではあまりにも公平乃至衡平に欠けるのではないかと考える。

このような場合、借家人の意思を合理的に解釈すれば、対象建物が使用可能な限り(必ずしも「対象建物の経済的残存耐用年数」にとどまらず、「物理的残存耐用年数」までということもあり得る)は、当該店舗で営業を継続したいと考えるということではないだろうか。

また、借家人にとっては、他の地域の同等な建物への入居など望んでおらず、当該商店街に立地する老舗店舗としてのステータスシンボル性が極めて重要で、当該商店街内に対象店舗と同規模の賃貸店舗スペースを確保することが、現実には極めて困難な状況であり、移転を想定する場合は、当該商店街からは転出せざるを得ない場合ならどうであろうか。

このような合理的期待、しかも旧借家法で法的にも保護された期待を、公共事業前提の場合と同等に補償(しかも、その本質は借家権という権利の消失対価ではなく、借家人に対する移転補償)することで十分などと考えてよいものであろうか。立退きを強いる公共的な原因があるわけではないにもかかわらずである。

このような場合、諸々の事情を総合的に勘案する必要はあるが、「一定期間」としては、少なくとも「対象建物の経済的残存耐用年数」(例えば、築年数30年の建物なら、2年とかではなく10年程度)とすることが妥当なのではないだろうか。

これによって、単なる借家人の移転補償ではなく、借家権という権利の消失対価たる借家権価格を求める手法としての意味を、明示的乃至暗示的にもたせることができるというものであろう。

結局のところ、借家権という権利の消失対価という本質に何ら変わりはないのであるが、喪失することとなる権利価格を、借家権の取引慣行があるわけではないので、直接的に評価することが困難であるから、この方式は、代替建物への入居に伴い生じる家賃差額等を補償する計算によってこれを「代用させている」ということなのであろうと考える。

計算構造が同じだからといって、本質まで同じと考えてはならないと思う。

以上のように考えるのが現行不動産鑑定評価基準に素直な解釈ではないだろうか。繰り返しになるが、確かに補償の原理は取り入れたのであろうが、その本質が変わっているわけではないのである。借家権の試算価格のひとつとして、「控除方式による価格」と同列に扱われているわけであるから、論理的に考えても、ここにだけ「借家人の移転補償」の論理そのものが持ち込まれているとは思えない。

この総合的な判断ができる故、不動産評価の専門家としての資格が付与されているということなのではないだろうかと思う。

繰り返しになるが、「損失補償基準」及び「損失補償基準細則」は、不動産鑑定評価においても参考にされることは多いが、特に、民間当事者同士のケースで、公共事業を前提としない場合には、あくまでも参考にとどめるべきであろう。

<参考:「公共用地の取得に伴う損失補償基準」「同細則」について>

わが国の「損失補償基準」及び「同細則」は、昭和37年6月に「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」が閣議決定され、当時の主たる起業者あるいはその監督官庁等が「用地対策連絡会(現中央用地対策連絡協議会)」を組織し、当該連絡会が上記要綱の実施規定として制定したものである。

したがって、「損失補償基準要綱」及び「損失補償基準」は、法律又は政令ではないため法的拘束力があるものではなく、形式的には起業者を内部的に拘束するにすぎないものである。また、収用委員会は知事の所轄の下に置かれた行政委員会であり、独立してその職権を行うことが保障されているため、「損失補償基準要綱」及び「損失補償基準」に法的に拘束されるものではなかった。ただ、「損失補償基準要綱」と同日付でなされた閣議了解で「収用委員会の裁決の場合においても基準となるものと認められる」と記されていた(但し、法的に異論があった)。

平成13年に土地収用法の一部が改正され、収用の際の損失補償に関する裁決の基準についての細目を「損失補償基準要綱」を踏まえたものとして政令に規定することとなり、この細目政令の制定に伴い、「損失補償基準要綱」も土地収用法及び同政令の規定との整合をはかるため、平成14年7月要綱の一部改正が閣議決定された。これによって、起業者が従うべき「損失補償基準要綱」と収用委員会が採決の基準とすべき「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」の内容は、規定振りの異なる部分はあるものの、基本的には同一のものとなった(これに伴い、損失基準要綱の閣議了解においても、前記の「収用委員会の裁決の場合においても基準となるものと認められる」という文言は削除され、法的問題は解消された)。

以上により、任意取得の場でも収用裁決の場でも同一の基準で損失補償がなされることになり、「損失補償基準要綱」及びその実施規定である「損失補償基準」が「実質的に」法的拘束力をもつこととなったとの指摘もある。

確かに、「損失補償基準要綱」は、「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」と内容が基本的に同一となったので、「実質的に」法的拘束力をもつこととなったといえるかもしれない。ただ、その実施規定である「損失補償基準」は、鈴木禄弥教授(「借地・借家法の研究」)も指摘していたように「買い手側の内規にすぎない」ことに変わりはない。特に具体的数値、算定式等が細かく規定された「損失補償基準細則」は、制定者である起業者等の裁量の余地が大きいのも事実である。

損失補償制度の問題でもあるが、わが国では公共用地の99%以上は任意買収によるものである。ただ、任意買収が不調になれば収用に移行する故に、損失補償制度が、逆に移行前の任意買収の対価授受を拘束することにもなっている(土地収用に移行してから新たに損失の評価をやり直すことはできないので、任意買収の損失を算定するときにも、「損失補償基準」が準用されている)。

公共事業に伴う損失補償基準は、損失補償の先進国では「法律」であるが、わが国では行政機関が制定する「内規」に授権されている。よって、先進国の被補償者は「憲法」と「法律」により保護されているのに対し、わが国では最終的には「憲法」のみで保護されているともいえる(先進国の方が被補償者の保護の度合が高いといえる)。

わが国の制度では、起業者の裁量権が大きく、例えば、借家人に対する補償は、借家権の権利消滅対価を意味するものではなく、収用等に伴って付帯的に生じる「通常生じる損失の補償」なのであり、その範囲がどの範囲までなのかの判断は起業者に委ねられており、起業者は「内規」で「細則」を定め、その「内規」に従って補償することになる。

問題は、仮に過小補償が生じた場合でも、第三者的な協議・仲裁等の制度が十分ではなく、争訟リスクあるいはコストが高いことなどにより、泣き寝入りのケースが多いと聞く。実際上も土地収用あるいは訴訟提起など争訟に至るケースはほとんどないことからもこの状況は窺える。

明治期に制定された「公共土地買上規則」(明治8年)や「土地収用協議会規則」(明治23年)では、被補償者保護の制度として、鑑定人や協議会の制度が存在していたようであるが、どのような事情か、削除され、後法(明治33年土地収用法以降)には継承されていない。

行政機関の「内規」ではなく、「法律」による補償制度を採用する先進国では、被補償者、補償者、納税者の信頼及び公正・公平さを確保するため、「補償物件を不動産鑑定に付する義務を法に規定」している国も多い。

だからといって、行政機関の「内規」である「損失補償基準」が妥当性に欠けるというつもりは毛頭ないが、現実的には、不満があっても争うことができず、かといって買収に応じないわけにもいかない(最終的には収用が控えている)のも事実である。

公共事業であればこそ、国民としても公共の福祉のためこれに協力しなければならないのであり、ある程度は受忍しなければならない面があるのもやむを得ないが、純粋な民間開発の場合までこれと同等に「損失補償基準」に従わなければならない義務も根拠もない。

もし、民間当事者同士、かつ、非公共事業目的のケースでも、「損失補償基準」に準じなければならないのであれば、全国の民間による開発がすべて公共事業と同等なものでなければならなくなってしまう。民間の開発主体は、相応の開発利潤を目的に事業を行うのであって、結果あるいは事業理念は別にして、何も、直接的には公共目的のために事業を行っているわけではない。

既述のとおり、「損失補償基準」の「借家人補償」と不動産鑑定評価で求める「借家権価格」ではその本質が異なるわけであるから、その点を十分踏まえた上で「損失補償基準」及び「損失補償基準細則」の数値を参考にすべきなのである。繰り返しになるが、これを金科玉条のごとく採用して鑑定評価を行うことは、極めて妥当性に欠ける結論を招く場合があるということである。

さる高名な鑑定士でさえ、さもそれが当たり前の如く鑑定を行っていることに接し、閉口した次第です。

ちょっと気なったことについて書いてみました。(^E^)

定期借家

暑いですね。夏バテ注意の陽気ですね。
さて、定期借家について少々。
定期借家契約は、「契約で定めた期間の満了により、更新されることなく確定的に借家契約が終了。」という契約内容です。なお、更新はできませんが、借主、貸主双方の同意があれば、再契約を結ぶことができます。このため、家主の方、借家人の方、双方で再契約の合意ができなければ、借家人の方は引き続きその建物を賃借することはできなくなります。
なお、従来からある借家契約では、家主からは正当事由がない限り更新拒絶はできず、半自動的に契約が更新されることになっています。
 
オーナー側にしてみれば、不良入居者(マナー違反が多い等)がいた場合に、期間が満了したときに入居者との賃貸借契約を解消することができます。
また、建て替え等に際して、立退問題対策にもなります。
このようなことから、オーナー側にとってメリットのある契約とも言えます。
一方、賃借人については、あまりメリットはないようにも思われますが、例えばマンション全体が定期借家であれば、同じマンションの中に、トラブルを起こすような人が継続して入居しないといこと(不良入居者は再契約しない可能性が高い)、つまりは、マンション全体の環境が良くなるというようなことはあるかな、と思います。
 
ところで、先日、京都地裁で、賃貸住宅の更新料や敷き引きに関して、オッ!ト びっくりな判決が出ました。
「借り手の義務を不当に重くし、利益を一方的に害するもので無効」として、家主に更新料等の全額返還を命じる判決を言い渡しました。
これまで東京地裁などでは、賃借人側の敗訴が続いていました。
今回は、「消費者契約法」により更新料特約を無効、とした判断がされています。
判決によると、原告は、家主と2年の賃貸借契約を締結。このとき、保証金35万円のうち30万円は解約時に無条件で差し引く敷引特約と、契約延長の際は賃料2ヶ月分の更新料を支払う条項がつけられていました。
家主側は、更新料は「賃料の補充的要素がある」と妥当性を主張しましたが、裁判長は「更新後の使用期間の長短にかかわらず一定額を支払う契約となっており、賃料の一部とは評価できない」と判断。「趣旨が不明瞭で更新料が慣習化しているとも認められない」と指摘。敷引特約も、「物件劣化の対価」などとする被告側の主張を「自然劣化の費用は賃料に含ませて回収すべき」などとして退けたようです。
地裁判決ながら、今後の影響は大きそうな判決だと思います。

普通借家制度は、第二次世界大戦中の特殊な時代、自由経済から統制経済に移行するときに、賃貸人の賃料決定権と解除権を奪った特殊な制度、などと言われています。制度にゆがみがあり、これが更新料を産み出したような経緯もあります。

何だかまとまりのない文章ですみませんが、空室率の上昇が懸念されている中、更新料返還の判決まで出てきてしまうなど、定期借家制度がもっと普及してもいい時期にきたのではないかなぁーと(^S^)

借地権利金

ここのところ、たまたま、事業用定期借地権、旧法既存借地権、一部借地権、底地評価(第三者取得、借地人取得)等々、借地権がらみの評価依頼を多く受けた。それで思い出したのだが、以前、新規地代と借地権利金の適正な水準を求めてほしいなどというめずらしい依頼があった。しかも、相当前の過去時点のものを求めてほしいという話であった(鑑定書ではなく意見書)。訴訟案件では、そんなめずらしい(無謀な?)要請もある。

以下は、そんな依頼を受けたときに、「借地権利金」について調べ、まとめたものの中の一部だ。法制的側面と経済的側面がからみあって取引慣行が生じてくるものなので、なかなかとらえどころがなく難しい分野ではある。

権利金とは、借地の契約等に際して、借地人から地主に支払われる一時金のうち、賃料の前払的性格を有するもの又は借地権の対価とみなされるものをいう。権利金は、賃貸借等の終了と共に地主から借地人に返還されることはなく、実際支払賃料(地代)の額に影響を及ぼすのみならず、借地権価格を構成する要素となる。種類としては、設定権利金、譲渡権利金、解消権利金(解約権利金)などがあり、本件の対象は、設定権利金である。

借地権利金が出現したのは、地価と地代の上昇が続き、地代利回りが低下していた明治期の末に東京の中心部で授受され始めたのが最初と言われている(但し、この頃のものは本来的な権利金ではなく、営業場所・のれんなどの対価としてのいわゆる営業権利金的性格のものと位置づける見解もある)。

なぜ一時金として授受されたのかについては、
①予想される将来の地代値上げの労力を軽減しようとしたこと(地代値上分の先取り)、
②過去に地代上昇が続いたために、そのままでは新規の借地人の地代が、近隣の既存の借地人(特に同一地主からの借地人)に比べて著しく高くなるので、新規の借地人からは権利金を取って地代額を抑え、借地人間の地代の格差に起因する軋轢を回避しようとしたこと、
などが考えられる。
①②はいずれも、地代の上昇傾向を前提とし、②は特に、多数の借地人をかかえる大地主を前提としている。
東京では、明治期から大正初期にこれらの事情が存在したので、権利金の授受が始まったのであろうと考えられる。但し、未だ借地法制定以前であり、契約期間を短くすることで地代を容易に増額できたので、①の必要性は小さく、権利金が一般化するまでには至らなかった。

その後1921(大正10)年には借地法が制定され、20年・30年の法定最低期間、地主に異議がない場合の法定更新、契約終了時と借地権譲渡・転貸の場合の建物買取請求権等が定められた。
そして1941(昭和16)年には、「正当事由」を更新拒絶の要件とする法改正がなされ、また、1939(昭和14)年には第一次地代家賃統制令が制定され、1940(昭和15)年には第二次地代家賃統制令が公布された。

借地法改正及び地代家賃統制令制定は、
①地主からの地代増額請求や貸地返還請求に対して借地人、なかでも出征兵士の家族の保護が主眼となっていたもので、軍需景気の中での物価上昇を理由とする地代増額や地代増額を迫る手段としての更新拒絶を抑止しようとしたものであり、現代のように高度利用化のための更新拒絶や収益力増加による地代増額というものではなかった。
②地代家賃統制令は、地代利回りを国債利回り水準に誘導しようとしただけで、貸地の資産収益性を否定するものではなかった。

このような中で、前記借地法制定、同改正以降、借地の最低期間が法定され、地代値上げに労力がかかるだけでなく、困難にもなってきたので、「予想される将来の地代値上げの労力軽減(地代値上分の先取り)」という意味での権利金の授受が多くなってきて、徐々に権利金の授受が慣行化していった。

敗戦後の1946(昭和21)年9月に第二次地代家賃統制令は効力を失うが、同年同月第三次地代家賃統制令が公布され同10月に施行された。
内容としては、
①貸主は停止統制額(既存地代家賃の凍結)又は認可統制額(新たに発生する地代家賃の認可統制)を超えて受領できないこと、
②権利金の受領禁止、
③地代家賃の届出・登録、
④罰則
などが定められていた。

その後、戦後経済混乱期を経て経済状況が回復・安定化に向かう中で、統制が緩和され、1950(昭和25)年には、事業用建物とその敷地については全面的に、住宅とその敷地については同年7月10日以後に新築されたものを適用対象から外した。また、1956(昭和31)年には、30坪以上の住宅とその敷地も適用除外となった。以後、統制令が適用される借地は減少していき、適用されない借地の地代額は上昇した。権利金は、1950(昭和25)年の統制令改正により、事業用建物とその敷地並びに新築住宅とその敷地が適用除外されると、その授受が増えたのみならず、高額化した。

地代を増額しないで権利金として一時金の授受がなされたのは、
①明治・大正期と同様、地価上昇傾向が続く中で、将来の地代値上げの労力を小さくすること、
②毎期の地代を借地人の収入・所得の中から支払える額に抑え、安定した借地関係を確保すること、
③地価が上昇し、地代利回りが低下する中で、地主としては、売却すると将来の大きな値上り益を失うことになり、借地人側としても権利金を払える資金を有するようになったこと、
などが考えられる。
③については、借地の形をとりつつ部分的な売買をしたものとみることもできる。

戦後の裁判例では、建物買取価格に場所的利益を含むとし(1960年、最判昭和35年12月20日)、「正当事由」について地主側の事情だけでなく借地人側の事情も参酌して判断すべきとした(1962年、最判昭和37年6月6日)。結果、借地人は、正当事由の存在を争うことによって、建物価格を超える補償を地主から事実上取ることができるようになったが、1960年代半ばからは、正当事由が不十分な場合に、提供された立退料を考慮して正当事由を認める方向が示されるようになった。さらに、1970年代に入ると、裁判例は、立退料を借地権価格の一定割合として算定するようになり、その割合は次第に大きくなっていった。

以上のような「正当事由」と立退料の高額化により、地主は、一旦土地を貸してしまうとこれを事実上取り戻せなくなり、立場が弱くなるので、交渉力を有している契約締結時に高額の権利金を取得し、あとは低額の地代と更新料、名義書換料、増改築承諾料等の付随的な収益を目的とするようになっていったのである。これは、名義を保持するために賃貸借の形はとるが、実質的には土地の売買と見ることもできる。したがって、なんらかの事情で土地が地主に返還されるときには、地価に対する権利金の割合で、返還時の上昇した地価の一部を借地人に償還すべきという考え方も出てくることになる。

明治期以後の借地の歴史に現れたさまざまな権利金の性格・機能について整理すると以下のようになる。
①営業ないし営業上の利益の対価
②賃料(地代)の一部前払い
③借地権そのものの対価
④場所的利益の対価
⑤賃借権に譲渡性を賦与した対価
⑥土地の価値の一部譲渡の対価

借地権利金は、一般的には②の性格を持つものとされる。
但し、商業地の借地の場合には①の性格を、借地権取引が慣行化している地域では⑤の性格を、立退料支払いが実態として義務化している地域では⑥の性格を、いずれも、②の性格と併せ持つと考えることができ、③④とされるものは、①②⑥のいずれかに還元されるべきもの考えられている(但し、⑥②の代わりに③②を中心として捉える見解もある)。

※以上の記述は、澤野順彦著「借地借家法の現代的展開」「借地借家法の経済的基礎」(住宅新報社)、瀬川信久著「日本の借地」(有斐閣)、わが国家賃・地代の全貌編集委員会編「わが国家賃・地代の全貌 -高密度社会10年の推移と展望-」(都市経済研究センター)、石外克喜著「権利金・更新料の判例総合解説」(信山社)、西村宏一・菅原晴郎・寺田逸郎・澤野順彦編集「現代借地・借家の法律実務Ⅱ」(ぎょうせい)等によっている。

法制的側面と、経済的側面、実態としての取引慣行などが入り組んで複雑になっているところが、地代評価・借地権評価の難しいところであるが、鑑定の仕事としてはおもしろくもある。(^E^)
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