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小江戸・川越 "え~散歩"

不動産鑑定の仕事で埼玉県川越市に行った。「小江戸」の街として有名な都市だ。西武新宿線「特急小江戸号」で新宿から約45分で行ける。

ところで「小江戸」とはどういう意味だろうか。江戸の風情を残し、いまなお古い街並みが残っている、というような意味だろうか。

市のHPにある歴史紹介には、「遠く古代より交通の要衝、入間地域の政治の中心として発展してきた川越は、平安時代には桓武平氏の流れをくむ武蔵武士の河越氏が館を構え勢力を伸ばしました。室町時代には、河越城を築城した太田道真・道灌父子の活躍により、扇谷上杉氏が関東での政治・経済・文化の一端を担うとともに、河越の繁栄を築きました。江戸時代には江戸の北の守りとともに舟運を利用した物資の集積地として重要視されました。」とある。

江戸時代、川越藩の歴代藩主には、松平信綱や柳沢吉保などの江戸幕府の重鎮も就任しているようで、江戸とは川越街道や新河岸川の舟運で結ばれた衛星都市として発展したようだ。

「小江戸」という言葉は、江戸時代にも、まるで江戸のようだという意味合いで町を誇る場合にも使われていたようだ。

平成8年には、埼玉県川越市、栃木県栃木市、千葉県佐原市(現:香取市)が「小江戸サミット」というのを開催したらしい。

以前、足利市に住んでたことがあるが、その近くの栃木市は、確かに古い街並みの残る江戸風情のある街だった。

ところで、川越といえば、「時の鐘」が有名だ。寛永年間(1624年~44年)に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町(いまの幸町)に建てたものが最初といわれている。現在の鐘楼は、明治26年(1893年)に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。3層構造の塔で、高さ約16メートル。寛永の創建からおよそ350年間、暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越のシンボルだ。 現在、1日に4回、蔵造りの町並みに鐘の音を響かせている。平成8年6月には、環境庁主催の残したい「日本の音風景百選」に選ばれたようだ。

(有名な「時の鐘」だ)
時の鐘

また、川越は、「蔵造りの町並み」も有名だ。蔵造りは類焼を防ぐための巧妙な耐火建築で、江戸の町家形式として発達したもの。平成11年12月には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、平成19年1月には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されたようだ。

(「蔵造りの町並み」、いつまでも残してほしい)
蔵造りの町並み

(りそな銀行の支店にも風格が感じられる)
りそな銀行の支店

こういった古い街並みはぜひとも残しておいてほしいと思う。

蛇足だが、市役所から水道・下水道局に行く途中に「県立川越高校」があった。県内ではかなりの進学校であるが、「ウォーターボーイズ」のモデルになった水泳部のある高校だ。

「小江戸」といえば、似た言葉に「小京都」というのもある。同じように京都の風情を残し、いまなお古い街並みが残っている、というような意味だろうか。

「全国京都会議」という団体も昭和60年に結成され、多くの街が参加しているようだ(本家の京都市も参加しているらしい)。

「小京都」といえば、「土佐の小京都」と称される土佐中村(高知県中村市、現:四万十市)が有名だ。

室町時代、応仁の乱(1467年)によって、京都中心部が戦乱に巻き込まれ荒れ果てたとき、五摂家の出身で一時は関白までつとめた、貴族中の貴族、「一条教房」が疎開したのが土佐中村だ。

土佐中村は、四万十川流域の風光明媚な街であるが、現在でも必ずしも交通の便はあまりよくない。それなのになぜそこが「小京都」と称される、古い京の面影を偲ばせる街になったかといえば、「一条教房」が疎開し、そこに土着したからだ。

古くから一条家の荘園がそこにあったという関係もあると思うが、京の貴族がこのような僻地に疎開し、土着するということは、当時の常識では考えられない。一条家は応仁の乱の戦乱のなかで先祖伝来の財宝、特に長年蓄積してきた貴重な書物(写本が多いと思う)を失っている。教房のような文化人にとってこのショックは相当大きかったであろう。京において政治家あるいは学者として活動することにほとほと嫌気がさしたのであろうか。

何かの本で読んだ記憶があるが、京都の人にとって「戦後」という言葉は、第二次大戦後ではなく「応仁の乱後」という意味だ、というようなことが書いてあった。冗談かもしれないが、それぐらい京の中心部が破壊されたということであろう。

応仁の乱当時の将軍は第8代足利義政であるが、この人は文化人としては大変優れた面を持っていたものの(慈照寺・通称:銀閣寺、東山文化で有名、正室は悪妻で有名な日野富子)、政治家としてはほんとうにどうしようもない人であった。この時代の歴史本を読んでいるとほんとうに情けなくなる。

政治家として無能な人間が、国を治めることほど国民にとっての不幸はないと思う。

まだ「土佐の小京都」には行ったことがないので、いずれぜひ行ってみたいと思う。
(^E^)
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