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投資家調査と個別不動産のキャップレ-ト

証券化対象不動産評価のキャップレートについて質問を受けたときの話です。質問者(監査法人)の趣旨は不動産投資家調査などで公表されているキャップレートとの比較などにより、対象不動産のキャップレートが若干違う水準なのではないか、具体的には、不動産投資家調査の公表値程度ではないか、ということのようでした。

そこで、まず不動産投資家調査の性格について検討してみます。これは不動産投資家などのプレーヤーにアンケートをとり、結果を集計し、代表値として中央値を公表しているものです。アンケートの回収数は百数十社程度のようです。標本数からいって統計上有意の数値が求められるような性格のものではないであろうこと、したがって公表された結果をそのまま個別の不動産に使用できないであろうことなどはおわかりになると思います。

また、「調査の性格と利用上の留意点」として以下の点、注意が喚起されております。「本調査の性格は、期待利回りを中心として投資スタンスや今後の賃料見通しなどの、投資家等市場参加者の期待値に関する回答を集計したものであり、必ずしも実際の取引に基づいて算出された数値をもとにしたものではない。」「本調査の数値は調査時点で得られる資料をもとにしており、また不動産は個別性が非常に強い資産であることから、個別の不動産の利回りに関して直接的な意味をもつものではない。したがって本調査の数値から個別の不動産の利回りを求める場合、必要な補正が適切になされない限り、不動産評価の信頼性に疑義が生ずる恐れがある。」

当該調査は半年に1回行われておりますが、Aクラスといわれるような大型ビルの取引は、都内でもそう多くの頻度で行われているわけではありません。したがいまして、調査の結果は、「投資家等市場参加者の期待値に関する回答を集計したものであり、必ずしも実際の取引に基づいて算出された数値をもとにしたものではない」のです。

つまり、アンケート回答者が想定したAクラスビルを仮に取得するとしたらどれ位の利回りを採用するかということの結果なのではないかと推測します。需要者側の期待値に近いものともいうことができるのではないかと思われ、さらに、高い利回り、低い利回りなどさまざまな利回りの中の中央値に過ぎないのです。この中央値がそのエリアのAクラスビルを取得する場合の規範あるいは標準値となるとまではいえませんし、個別具体的な不動産の利回りそのものだなどといえる性格のものではありません。

よって、「不動産は個別性が非常に強い資産であることから、個別の不動産の利回りに関して直接的な意味をもつものではない」、「したがって本調査の数値から個別の不動産の利回りを求める場合、必要な補正が適切になされない限り、不動産評価の信頼性に疑義が生ずる恐れがある」ということになるわけです。

誤解なきよう、私は、このような調査が参考にならないと申し上げているわけでは決してありません。利回りの動向が上昇しつつあるのか、低下しつつあるのか、あるいは安定的に推移しているのか、というようなトレンドを把握するためには極めて参考になる資料だと考えております。また、各エリア間の利回り格差を把握する観点からも極めて有意義な資料だと思っております。

ただ、個別性の強い不動産の個別具体的なキャップレートは上記資料から直接求めることはできないとは考えております。「必ずしも実際に取引されたビルの利回りではない」ということ、個別性の強い不動産に応じた「標準化のための補正が施されているわけではない」こと、アンケート回答者が「想定したビルが具体的にどのようなものなのかがわからない」ことなどの理由によります。「一般」物価水準の継続的な上昇・下落をインフレ・デフレといいますが、「個別」物価水準の上昇・下落をインフレ・デフレとはいわないことに類似します。

私がキャップレートを求める場合には、「実際に取引された」投資用不動産事例の、取引された際の初年度純収益を判定し、これを「実際に取引された」価格で除し、事例の取引利回り(キャップレート)を求め、事例不動産と対象不動産を実地検分のうえ、両者間の立地、建物品等、築年数、用途、維持管理の状態、テナントの状況(属性)、その他を比較検討し、各事例と比較した場合の対象不動産のキャップレートを求め、さらにこれらを比較衡量して採用するキャップレートを判定しております。したがいまして、求められたキャップレートは、取引の実態を反映していること、対象不動産の個別性を反映した個別具体的な数値といえると考えています。

それから、基本的なことにはなりますが、不動産の価値は、その不動産にとって典型的あるいは標準的な市場参加者が求める価値の水準を中心に価格が形成されていきます。現況、収益不動産の場合、買手中心の見方に偏りがちですが、市場参加者には、売手と買手の双方がいるということも忘れてはいけません。双方が納得いく水準で価格は形成されていきます。

不動産投資プレーヤーによっては、「ローンとエクイティとで構成される不動産投資ビークルが市場参加者の中心的な存在である場合、その投資ビークルの資金調達能力、あるいは、リスクに対するポジションが不動産価格を動かすことになる」と認識されている方もいらっしゃいますが、これは「投資価値」とは確実にいうことはできますが、これを鑑定評価上の「市場価値」(正常価格)といえるかどうかです。

投資家はさまざまな投資基準で投資行動を行っておりますので、エクイティに対するリスクポジションが異なれば、当然さまざまな「取引価格」あるいは「投資価値」が生じます。また、ローンレンダーの融資条件も投資家によってさまざまですので、それによっても当然さまざまな「取引価格」あるいは「投資価値」が生じます。

では、さまざまな「取引価格」あるいは「投資価値」がある中で「市場価値」(正常価格)はあるのでしょうか、ないのでしょうか。さまざまな「取引価格」あるいは「投資価値」の中に潜んで必ずあるはずです。それを引き出すには、供給者と需要者(エクイティ投資家、ローンレンダー等を含む)が、合理的な市場を前提とした場合の典型的あるいは標準的な市場参加者に該当していると想定できるかどうかということになります。どのような供給者・需要者がこれに該当するのかを判断するのが不動産評価の専門家としての不動産鑑定士の能力といえます。

結果的に不動産投資家調査と同じキャップレートということもあるでしょうし、異なるキャップレートということもあるでしょう。それは、実地検分・分析した結果であって逆ではありません。

結論としましては、「実際に取引された収益用不動産について、売主及び買主の属性はどのようなものなのか、実際の取引価格はいくらなのか、純収益はどの程度か、代替・競争不動産の純収益水準と比較してどうなのか、今後の見込みはどうなのか、実際に実地検分した結果対象不動産と比較して立地・建物品等・築年数・用途・維持管理の状態・テナントの状況(属性)などはどうなのか等々を個別具体的に判断してはじめて対象不動産のキャップレートが求められる」ことになるのであって、このような手順も踏んでいない方が、投資家(需要者サイド)のアンケート結果をその性格・内容も十分に吟味もせず、これが正しいと机上で主張するのはどうなのでしょうか?ということだと思います。

例えば、製造業の企業の場合、実際の工場を実地検分もせずして、類似業種の財務分析資料などを参考に、対象企業の財務諸表だけからその企業の真の財務分析などできないでしょう?というのと同じです。書面資料を分析すれば、どこに問題がありそうかという「あたり」はつけられると思いますが、実際に実地検分しなければ本当のところはどうなのかということが検証できないということは企業の場合も不動産の場合も同じです。「あたり」をつける能力も極めて重要だと思いますが、「あたり」は「あたり」に過ぎず、「現実」と合致する場合もあれば、合致しない場合もあります。それは、実際に足を運んで自分の目で見て検証しないと見えてこないことだと思います。

ただ実際は、不動産投資家調査などの結果を採用し、どのような根拠をもって個別具体的なキャップレートを判定したのか疑問符のつくような鑑定書も多々あります。しかし、これは専門家としての態度ではないと考えます。また、特に証券化不動産の評価については、近時、国土交通省もできるだけ具体的にキャップレートの判定過程を明示するよう指導しているところです。

説明責任を果たす意味でも、収益価格の試算に最も重要なキャップレートについては、判断過程を具体的に明示すべきと考えます。

以上のような回答を質問者へはお返しいたしました。

間違いがありましたらご指摘ください。

では(^E^)
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