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不動産価値は資金調達側の収益率で決まるの?

結論から申し上げれば、そうではありません!

ここのところ仕事があまりにも集中していたため、しばらくの間、更新しておりませんでした。以前、以下のようなご意見を頂戴し、回答させていただいたことがございます。

『ローンとエクイティとで構成される不動産投資ビークル(不動産ファンド)が市場参加者の中心的な存在である場合、その投資ビークルの資金調達能力、あるいは、リスクに対するポジションが不動産価格を動かすことになります。』

以下、回答です(多少の追加、修正を加えてあります)。

私の議論は、同一時点の同一不動産の価格は、金融条件によって異なることはない、という趣旨でして、金融情勢・経済情勢や、これに影響されて融資条件など、外的環境が異なる異時点間の同一不動産の価格まで同一だ、といっているわけではありません。同一不動産であっても、外的環境が異なる異時点間であれば、当然価格も異なってきます。

また、私の議論は、以下に述べます「市場価値」(鑑定評価基準でいう「正常価格」)の話でありまして、「市場価格」や「投資価値」の話ではありません。

議論の混乱を避けるため、ごく簡単に用語の定義をさせていただきます。日本の不動産鑑定評価基準(以下「評価基準」といいます。)には「投資価値」の定義はありませんので、ここでは、米国のビジネススクールなどでも広くテキストとして採用されているジェフリー・D・フィッシャー、ロバート・S・マーティン著(刈谷武昭監訳)「収益不動産評価の理論と実務」(東洋経済新報社)における定義を採用させていただきます。

「市場価値」・・・ 不動産の特定の権益に対して、典型的かつ市場の事情に通じた投資家、マーケティングのための相当な期間そして現金ないしはそれと同等の条件でなされた取引、という仮定の下で、売主が見込むことができる最も確からしい価格を表す、ある特定の時点現在においてなされた価値評価額。原著では「Market Value」ですので、評価基準でいえば、鑑定士が通常求めることとされている「正常価格」に該当します。評価基準には評価基準なりの定義がありますが、別のブログでも書かせていただきましたが、ここでは、日本における鑑定評価理論の礎を築かれた故櫛田光男先生の言葉を再掲させていただきます。正常価格というものは、「売手、買手の双方が、いずれも得はしませんけれども、同時にいずれも損をしないような価格として、したがって、誰にでも通用し、誰もが納得する価格として市場という仕組みをとおして、社会一般が認めるものである」ということができます。評価基準でいえば、合理的な市場で形成されるであろう「市場価値を表示する適正な価格」ということになります。

「市場価格」・・・ 収益不動産に対して実際に支払われた価格。原著では「Market Price」ですので、評価基準でいえば収益不動産の「取引事例」の価格に該当します。「市場価値」と同じ場合もあれば、異なる場合もあります。

「投資価値」・・・ ある投資家にとっての収益不動産の価値。鑑定評価基準には定義がありません。原著では「Investment Value」です。コンサルティングで求める範疇であり、鑑定評価として求める価額ではありませんので定義をしてないのだと思います。これも「市場価値」と同じ場合もあれば、異なる場合もあります。

なお、「投資家」という場合には、エクイティ投資家のみならずローンレンダーなども含みます。

不動産の価値は、典型的あるいは標準的な市場参加者が求める価値の水準を中心に価格が形成されていきます。ただ、収益不動産の場合、買手中心の見方に偏りがちですが、市場参加者には、売手と買手の双方がいるということも忘れてはいけません。双方が納得いく水準で価格は形成されていきます。市況によっては買手主導の市場、売手主導の市場、両者とも特段主導的立場にあるわけではない安定的な市場などが考えれますが・・・。

確かに「ローンとエクイティとで構成される不動産投資ビークルが市場参加者の中心的な存在である場合、その投資ビークルの資金調達能力、あるいは、リスクに対するポジションが不動産価格を動かすことになります。」というのは、「市場価値」(正常価格)に限定しなければ、おっしゃるとおりだと思います。まったく異論はありません。

ただ、当該価格は、「市場価格」あるいは「投資価値」とは確実にいうことはできますが、はたしてこれを「市場価値」(正常価格)といえるかどうかです。供給者側の事情、需要者側の事情、需要者側はさらに、ローンとエクイティで構成される不動産投資ビークルが市場参加者の中心であれば、エクイティ投資家とローンレンダーの事情、これらすべての参加者が、合理的な市場を前提とした場合の典型的あるいは標準的な市場参加者に該当しているのかどうかによることになります。「市場価格」あるいは「投資価値」と結果的に同じ場合もあれば、異なる場合もあります。

投資家はさまざまな投資基準で投資行動を行っておりますので、エクイティに対するリスクポジションが異なれば、当然さまざまな「市場価格」あるいは「投資価値」が生じます。また、ローンレンダーの融資条件も投資家によってさまざまですので、それによっても当然さまざまな「市場価格」あるいは「投資価値」が生じます。では、さまざまな「市場価格」あるいは「投資価値」がある中で「市場価値」(正常価格)はあるのでしょうか、ないのでしょうか。故櫛田光男先生の言い方を使わせてもらえば、さまざまな「市場価格」あるいは「投資価値」の中に潜んで必ずあるはずです。それを引き出すには、供給者と需要者(エクイティ投資家、ローンレンダー等を含む)が、合理的な市場を前提とした場合の典型的あるいは標準的な市場参加者に該当しているのかどうかがポイントです。どのような供給者と需要者がこれに該当するのかを判断するのが不動産評価の専門家としての能力の良し悪しといえます。

同一時点の同一不動産についてDCF法による収益価格を考えてみます。

A 借入金0%、自己資本100%、総合割引率YOの場合のDCF法による収益価格が1000 だとします。YOは、例えば、金融資産(国債、株式、社債など)の利回りに不動産の 個別性(投資対象としてのリスクプレミアム、流動性欠如リスクプレミアム、マネジメ ント・リスクプレミアム、安全性プレミアムなど)を加味して求めたりします。還元利 回り、純収益の変動予測との整合性もチェックします。

B 借入金70%、自己資本30%の場合、割引率は2つ必要になってきますので、借入金割 引率(金利)YM、自己資本割引率YEとしますと、DCF法による収益価格はやはり1000 でないとおかしなことになります。「市場価格」あるいは「投資価値」はいろいろあり ますが、同一時点の同一不動産についての「市場価値」(正常価格)はひとつですので。

理論的には、「YE=YO+金融リスクプレミアム」といえます(ジェフリー・D・フィッシャー、ロバート・S・マーティンの前掲書)。

これを前提に、仮にYOを一定とした場合、LTVは10%でも50%でも90%でも、YEは金融リスクに応じていろいろ変動しますが、収益価格は1000のままです。

要は、YEは単独で求めることは困難だということです。LTVが異なればYEも同じだけ異なってきます。

さまざまな「市場価格」あるいは「投資価値」の中に合理的な市場を前提とした場合の典型的あるいは標準的な市場参加者の提示する「市場価値」(正常価格)が潜んで「ある」とすれば、当該価値については、資金調達内訳ではYM、LTV、YEのいろいろな組み合わせで同じ解が得られます(資金調達コストの加重平均が同じになれば)。としますと、実際上は、資金調達の内訳側から「市場価値」(正常価格)を求めるのは困難だということです。

収益価格の求め方としては、対象不動産の投資リスクに応じてYOの暫定値を求め、典型的あるいは標準的な市場参加者を判定してLTVとYMもあらかじめ暫定値を置き、期間収益の現在価値合計と復帰価格(最終年翌期の純収益÷ターミナルキャップレート)のバランス、借入金償還余裕率(DSCR、純収益÷借入元利返済額)などを考慮し、最終的にYEも含めた各数値が妥当するバランスになっているか、総合IRRとYOの一致、などを何度も何度もチェックしながら最終結論を求めたりはします。

投資家もいろいろいますので、当然、YEが典型的あるいは標準的な市場参加者よりも低位でOKという場合もあるでしょう(その場合、収益価格は上昇、逆の場合は収益価格が下降しますのでそもそも売主側に売急ぎなどの事情がないと購入できない)。また、資金調達能力が優れていてYMが典型的あるいは標準的な市場参加者よりも低位でOKという場合もあるでしょう(上記と同様)。但し、これらは特殊な能力あるいは条件によって典型的あるいは標準的な市場参加者の提示する価値を超えた「市場価格」あるいは「投資価値」での購入であって、「市場価値」(正常価格)とはいえません。

ここで、ファイナンス理論の面から若干の考察をしてみます。

まったく同じリスクで同じ収益をあげる同類型の不動産を1つだけ持っている不動産投資ビークルをAとBの2つ想定します(法人税、取引コスト、倒産コスト等は考慮外です)。Aは負債なし、Bは負債ありです。

モディリアニ(フランコ・モディリアニ、1985年ノーベル経済学賞受賞)とミラー(マートン・ミラー、1990年当該MM理論の功績等でノーベル経済学賞受賞)の不変定理(MM理論)の第1命題によれば、税金や取引コストのない完全市場を前提とすると、企業の価値はB/Sの借方の資産のみによって決まり、貸方の資本構成と無関係である、とされています。ミラー教授がノーベル経済学賞を受賞したとき「ピザを2つに切っても4つに切ってもピザ全体の価値は変わらない」と例えたそうです。A、Bに同じ割合だけ出資するポートフォリオを考えた場合、同じリスクで同じ収益をあげるわけですから両者は同じ価値になるはずです。でなければ、割安なポートフォリオを買うと同時に割高なポートフォリオを売ることによってリスクなくサヤ抜きができることになってしまいます。このような裁定取引を通じて両者は同じ価値水準に引き寄せられます。レバレッジを高めることによって、エクイティの期待収益率は上昇しますが、同時にちょうどその効果を相殺するだけ、エクイティのリスクが高まっていると考えられたわけです。

エクイティと財務レバレッジの関係については、MM理論の第2命題で、完全市場を前提とすると、エクイティの期待収益率は、負債比率に比例して上昇する、とされています。

企業(不動産ビークル)全体の期待収益率は下記の加重平均値となります。

Ra ={ Rd × D / (D+E) } + { Re × E / (D+E) }

Ra:企業(不動産ビークル)全体の期待収益率(割引率、資本コスト率)
Rd:負債の期待収益率(借入金割引率)
Re:エクイティの期待収益率(自己資本割引率)
D :負債の時価
E :エクイティの時価

上記の式を変形しますと下記となります。MM理論の第2命題が証明されます。

Re = Ra + { (Ra-Rd) × D / E }

つまり、負債を利用している場合のエクイティの期待収益率(自己資本割引率)は、レバレッジに伴う財務リスクに対応するリスクプレミアム分(右辺第2項)を加えた値に等しいということです(現実には、負債比率が高まるにつれて、企業の倒産リスクも高まるため、Rdには倒産リスクを反映したリスクプレミアムが上乗せされ、一方、Reはその分落ち込むはずですが、前記のとおりここでは考慮外です)。

モディリアニとミラーの不変定理で何がいえるかといいますと、レバレッジをきかせ、負債比率が高まると、その金融リスクが高まった分だけ、エクイティの期待収益率(自己資本割引率)Reは上昇するということです。Raそのものは、ビジネス・モデル、事業プロジェクト、保有する不動産の投資リスク等で決まるのであって、資金調達の内訳にはよらないということです。Reが先に決まってくるのではなく、ReはRaに依存して決まってくるということです(同一時点では、事業、投資リスク等によってRaが先に決まってくるのであって、貸方の内訳をどう変えようがそれは一定ということ)。

重要なので繰り返しますと、事業、投資リスク等によって市場における企業(不動産ビークル)全体の適正な期待収益率(割引率、資本コスト率)が決まり、それに応じた資金調達をすべきといっているのでして、その逆ではありません。ただ、(B/Sでいえば借方の)企業(不動産ビークル)全体の適正な期待収益率(割引率、資本コスト率)は、いろいろな価格秩序の中に潜んでおり、簡単には識別できないものですから、より観察可能な(貸方の)エクイティと負債の期待収益率を加重平均して便宜的に代用しているに過ぎないのです。この逆をやろうとすることは、モディリアニとミラーの不変定理からすれば、それこそ本末転倒の議論です。

貸方側の内訳から、借方側の資産の価値を決めるのは「投資価値」という意味では何ら問題ありません(投資家の勝手です)。でもそれは、「市場価値」とは必ずしも同一のものではないということです。

残念ながら、私は、2人のノーベル賞学者が到達した上記理論を否定するだけの知識は毛頭持ち合わせておりませんし、純理論的には上記理論は妥当するものだと考えております。

以上繰り返しになりますが、同一時点の同一不動産の市場価値(正常価格)は、金融条件によって異なることはありません、但し、金融情勢・経済情勢や、これに影響されて融資条件など、外的環境が異なる異時点間の同一不動産の価格は同一とはいえず、同一不動産であっても、外的環境が異なる異時点間であれば、当然価格も異なってきます、ということです。典型的あるいは標準的な市場参加者自体も変わってきますし、対象不動産のベースとなる収益率も異なったものとなりますので。

もうひとつ、野口悠紀雄さん(早大大学院ファイナンス研究科教授、一橋大名誉教授)によるビジネスマン向けの入門書「ファイナンス理論入門」(2004年、ダイヤモンド社)のP8~P9をそのまま引用させていただきます。

『企業価値について最も基本的な事柄は、つぎのことだ。』
『第一に、企業の価値は、将来の収益とリスクで決まる。つまり、企業のビジネスモデルによって決まるのである。これは、ある意味では当然のことだが、後で述べるように、現実にはこの命題が理解されていないことが多い。』
『第二に、企業の価値(A)は、借入の現在価値(D)と株主にとっての企業の価値(E:株式の時価総額)の和に等しい。このことを、A=D+Eと表そう。貸借対照表の借方にあるAが、ビジネスモデルから決まる「企業の価値」だ。貸方のEは、株式市場で「時価総額」として評価されている。』

『この関係式自体は、ビジネスマンなら誰でも知っている。しかし、多くの人は、因果関係について誤解に陥っている。つまり「DとEが決まり、それによってAが決まる」と考えている人が多いのだ。』

『しかし、そうではない。将来の収益とリスクで企業の価値Aが決まり、Dを所与とすれば、AマイナスDによってEが決まるのである。』

関係式の結論だけみて勘違いされている方は意外に多いようです!でも、考えてみればあたりまえのことではないでしょうか?

投資家も、まずAという本来のポテンシャルを考えたうえで、デット(D)の状況とエクイティ(E)についての自ら設定したハードルレートを考慮して投資を決めるのが普通ではないでしょうか。

DとEを先に決めて投資を考えていたら、Dの条件が思いっきり緩和状態だったり、あるいは、物件の競争が激しいけどEへの投資需要があまりにも旺盛だったりしてハードルレートがやや低位になってきたりしたときに、本来のAの価値を超えたA’で投資してしまうということが生じてしまうのではないでしょうか。

近年のファンドバブルとその崩壊にはこのような面もあったのではないかと、私は思っております。ファンドについては、元本返済の原資としての内部留保ができないという制度上の問題も今になってはあったのだと思います。確かに、レンダーからみれば、元本返済が売却によってしかできない、でも、価格自体つかないという状況はきついです。

不動産価格が緩やかな曲線を描いて下落していくのではなく、突然値がつかなくなるという(曲線でいえば直角に下落)こともあり得るということを身をもって経験したわけです。

本当に重要な「不動産そのものの価値とは何か」(借方の話)ということから離れて、貸方のエクイティの投資収益率やレバレッジなどに目を奪われ過ぎていた面があったのではないかと思っています。

では(^E^)
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